外国人技能実習制度とその課題[1]

 

張紀潯・張一成[2]

 

 

 

はじめに

本稿は張紀潯と張一成の共同論文である[3]。本稿は外国人技能実習制度の歴史を観察し、その現状と問題点を解明することを目的とする。その理由は以下のように二つがあげられる。

第一に張紀潯は1996年から1998年の3年間、日本国際研修協力機構(以下ではJITCOと略する)の顧問として中国人研修生制度について、研究し、約3回、中国に出張し、中国山東省、浙江省などの帰国研修生を対象に調査をした。その調査報告書は城西大学経済・経営紀要第17巻第一号[4]と外務省、委託先財団法人国際研修協力機構『開発途上国からの研修生等受け入れに伴う実態調査、技能実習生フォローアップ(第一回)調査報告書』[5]でそれぞれ発表した。私たちの調査は主に派遣会社の概要、賃金管理と人事考課制度、研修生派遣と実習生移行の実績、研修生の選抜と教育、研修契約、帰国後の処遇と評価、制度の評価と課題などのテーマを中心に、各社及び帰国研修生につてアンケート調査を行い、書いた論文である。

第二に外国人技能実習生制度は、外国人研修生制度と同様に、発展途上国の人材を「技能実習生」として日本国内に受け入れ、技能実習生として働いていただく。同時に母国へと帰国した後、同国の経済発展へと寄与する人材として活躍をしてもらう、という考え方に基づき国際協力事業の一環として実施されてきた制度である。近年、外国人研修生制度が技能実習生制度に統合されるようになり、技能実習生制度は過去と比べてどこが違っているか、非常に関心を持っているからである。

本稿は以上の問題意識を踏まえて、以下のように三章を分けて検討していきたい。第1章は外国人技能実習生制度を取り上げ、その歴史と現状を分析したものである。第2章は外国人技能実習生を受け入れる日本代表の機関・JITCOに焦点を当て、その役割と重要性を分析したい。そして、第3章は技能実習制度の問題点を中心に分析する。外国人技能実習制度の課題をまとめ、今後外国人労働者を受入れるにあたって、どのような問題があるかを検討する。

 

 

1章 技能実習制度

第1節 歴史的経緯

海外拠点を持たない(海外に進出しておらず、海外拠点への技術支援を特に必要としていない)中小企業が、関連団体等を介し、海外諸国から研修生の受け入れを行い、実務研修を行った上で、帰国後復職させることにより、当該企業の技術や技能、ノウハウなどを相手国へと移転させることが技能実習生制度実施の目的であった。

他方、1960年代以降、日本経済が高度成長を続けるにつれて、特に製造業を中心に、日本企業は積極的に海外に投資し、海外拠点を展開するようになった。発展途上国に進出した企業では現地法人に対する技術移転は当然のことながら、その周辺の産業社会に対して、社会貢献活動として技術や技能などの移転を要請されることが多くなった。この中では、大手製造業者を中心に、必要に応じて、派遣型・招聘型、あるいはプロジェクト型の協力活動が行われていた。ただし、高度成長が終わり安定成長期に入った1970年代中頃から、企業による個別対応には限界が見られた。そのため、この負担を政府が担うことに対する財界からの要請が強くなっていった。その結果、政府は関連外郭団体の設立をした上で、国より人材や資金、情報の側面でのバックアップをし、国際援助活動を国家規模で進めていく手はずを整えていった。

外国人研修制度はこうした流れの中で、発展途上国から研修生を受入れ、教育を行う招聘型が支援手段の一つであると考えられる。1954年に外務省所管であった外郭団体の国際協力事業団(JICA)により受け入れ事業が開始され、さらに1959年には通産省所管の財団法人海外技術者研修協会(AOTS)、1970年代に入ると労働省所管の財団法人日本ILO協会(ILO)、1989年からは労働省所管の中央職業能力開発協会(JAVADA)などによって受け入れ事業が漸次的に進められてきた。こうした団体の積極的な受け入れの活動は、日本における研修生の数を次第に増加させ、改正『出入国管理及び難民認定法』(入管法)施行の直前期に当たる1989年には、研修を目的とした在留資格の新設によって多くの外国人研修生が来日した。日本へと新規に入国した者の数は2万9589人に及び、同時に外国人登録者数は8727人に達していた[6]

しかし、製造業は、人材不足が深刻化すると同時に増加していた外国人入国者数の増加に目をつけ、これを雇用する方策を取るようになる。1987年に216万1275人であった外国人入国者数は91年になるとその1.8倍にもなる385万5952人にまで達した。特にアジア諸国からの流入が増加しており、欧米諸国より外国人入国者数が前年比−5%から10%の間であったのに対し、アジア地域からの入国者数は前年比平均20%の増加水準を毎年維持していた。

これに対して政府は高度経済成長期が始まった頃より同じ対応に終始している。すなわち、1967年の『雇用対策基本計画(雇対計画)』の第一次計画閣議決定の時点で、当時労働大臣であった早川崇氏が「求人難が強まるとともに、産業界の一部に外国人労働者の受け入れを要望する声があるが、わが国では依然として中高年齢層の就職問題などがあり、すべての労働者の能力が十分生かされておらず、西欧諸国とは雇用事情が異なるので、現段階においては、外国人労働者を特に受け入れる必要はない」と述べた[7]。つまり、労働者の受け入れについては、日本国内の状況を見て、慎重な対応をしてきている訳である。その後、『雇用対策基本計画(雇対計画)』の第2次計画(1973年)、第3次計画(1976年)に至っても、同様の閣議決定がなされてきた。すなわち、①研修生が一定の条件の下に技能の移転と適正な収入を得ることができるようにするため、②一定期間の研修を経た上、技能評価を行い、一定の水準に達するなどの要件を満たした場合、その雇用関係の下で技能実習を認める、という制度の創設である。技能実習制度の創設により、技能評価の実施などが義務付けられ、国際貢献活動としての制度の理念の具現化が進んだ。しかし他方では、ここまでにも言及してきた研修・技能実習制度が持つ「ジレンマ」ともいうべき矛盾点が技能実習制度の創設により一層、顕在化する形となった。

 

出所:上林(2015年)を参考にして作成。

 

第2節 技能実習制度の概要

技能実習制度はこれまでの経緯からも理解できる通り、発展途上国への国際協力に主眼が置かれている制度である。

2010年には、入管法が改正され、新しい在留資格として「技能実習」が設けられた。日本人と同等の最低賃金以上の給与を支払うこと、雇用契約を結ぶこと等が必要であるとされるようになった。また社会保険の適用も義務化されるなど、外国人技能実習生の受入れに際してかかる費用が、日本人を雇用する際と変わらない水準に引き上げられるようになった。2012年以降は、日本国内の労働人口が減少の一途をたどる中で、技能実習生数自体は増加傾向を見せている。2014年には16.9万人と15万人を大きく超え、2017年に27.4万人に達した[8]

 

 

出所: 外国人技能実習機構『技能実習制度の現状』2018年により作成。

 

:20176月現在。

出所:2と同じ。

 

2に示されるように、20176月現在、国別にみれば、ベトナム人技能実習生が最も多い104800人になっている。第2位は中国人であり、79959人である。第3位はフィリピン人で、25740人、第4位はインドネシア人、20374人である。ベトナム人は42%を占め、中国人の32%を加えれば、全体の74%を占めている。このような状態は今も変わっていない。2018年に技能実習生が274233人に増え、そのうち、ベトナム人が全体の45.1%に増えたのに対して、中国人は2017年の32%から28.3%に急落した[9]。中国人の減少は中国人の所得向上という理由があるほかに、一人っ子で育てられた中国の若者が日本の技能実習生で働く環境に耐えられないことも大きな理由である。ベトナムを中心とする東南アジアの人々が中国に変わり、急増しているのは現状である。

 

第3節 監理団体について

平成29年の技能実習法改正によって、監理団体は許可制とされた。許可制度は、以下の通りの流れで運営されている。すなわち、監理団体が許可申請を提出すると、外国人技能実習機構が監理団体の体制等の予備審査を行う。この中では主に許可を申請した監理団体が許可団体に適合しているか、また、欠格事由に当てはまっていないか、ということが審査されることとなる。

 

出所: 外国人技能実習機構『技能実習制度の現状』2018年により作成。

 

2章 JITCOについて

1節 JITCO の役割

技能実習制度を検討するにあたって、JITCOの存在は避けて通ることができない。JITCOは既に述べた通り、1991年9月に、法務省、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省の5省の共管で設立された公益財団法人である。その目的は、「外国人研修生・技能実習生の受入れの拡大と円滑化を図り、我が国の技能、技術又は知識を開発途上国等に移転し、人材育成と経済社会の発展に寄与すること」[10]を目的としている。

JITCOの役割としては次の3つが挙げられる。すなわち、①民間団体・企業等や諸外国の送出し機関に対して、総合的な支援や援助、適正実施の助言や指導を行うこと、②技能実習生の悩みや相談に応えて、出入国管理法令や労働関係法令等の法的権利の確保のための助言や援助を行うこと、③技能実習の向上に向けた総合的な支援をおこなうこと、である。なお、この点については法務省入国管理局『技能実習生の入国・在留管理に関する指針』(平成24年11月改訂)の「第6  JITCOの活用」において、「産業(現経済産業)省、労働(現厚生労働)省の各省共管(平成4年に建設(現国土交通)省が加わる)により設立され(平成24年4月に内閣府所管の公益財団法人に移行)、研修生の入国・在留手続に関する助言、援助等のほか、技能実習制度の実施に関しては、技能実習移行のための移行表明の受付、技能等の修得状況の評価、技能実習状況の把握、指導等を行い、研修及び技能実習制度の中核的機関として機能している。監理団体、実習実施機関等においては、JITCOの持つ研修及び技能実習に関する知識等を活かし、受入れ、研修及び技能実習の実施について相談をし、未然に問題を防ぐよう努めることが望まれる」と定められている[11]

この役割を果たすために行っている事業としては、次の5つの柱がある。

第一に円滑な送出しや受入れに当たっての支援事業や海外関係機関との連携や協議、情報の収集提供等の技能実習制度におけるハブの役割を果たすものである。具体的には15カ国の外国の政府機関等と定期的な協議の実施や、入国・在留関係申請書類等についての事前点検や取次ぎサービスの実施等が挙げられる。

第二に、技能実習制度適正化支援事業である。この事業では法令遵守や適正な技能実習の実施や推進、監理団体と実習実施機関に対しての助言や支援を行っている。

第三に技能実習に当たっての成果を向上させるための支援事業である。具体的には技能実習1号より技能実習2号への移行評価の実施等が挙げられる。

第四に、技能実習生の保護事業である。技能実習生への母国語での相談窓口や、情報提供や、技能実習生および研修生の人権等の確保、さらに技能実習生の安全や衛生の確保及び災害補償等が具体的に挙げられる。第五に、広報啓発推進事業である。この事業に当たっては、ホームページでの技能実習に関する情報発信の他、総合情報誌の「かけはし」の発行等を行っている。

能実習1号段階から引き続き、監理団体や実習実施機関に対しての調査や指導等が行われる。第四に、技能実習2号の修了時においては、技能実習修了証書の交付を行うことである。このようにして、JITCOは技能実習生の入国から帰国に至るまでの間にワン・ストップで支援を行い、技能実習生の質の向上を図る上で極めて大きな役割を果たしている。

 

第2節 外国人技能実習機構について

JITCOとはすなわち、技能実習制度を運営していく中で司令塔的な役割を果たしている機関であると見ることができる。JITCOを中心として、監理団体や実習実施機関、関連する行政機関などが有機的に影響を与え合う形で、同制度は成立しているということができる。

2017年1月に、独立行政法人外国人技能実習機構(以下、「実習機構」と略する)[12]が新たに創設された。{実習機構}は「技能実習制度の司令塔」として設置された許可法人である(技能実習法第3章)。実習機構の役割としては、主に次の4つの事務が挙げられる。「技能実習計画の認定」,「実習実施者の届出の受理」,「実習実施者・監理団体に報告を求め、実地に検査する事務」,「監理団体の許可に関する調査」がそれである。また、これらの事務作業の他に、技能実習生からの相談への対応や援助、技能実習に関する調査研究業務も行われるとされる。

このように実習機構の創設により、JITCOが総合的に行っていた運営のうち、「技能実習計画の認定」「監理団体の許可」の他、法令違反(疑義)事案の通報などの監理団体の総括機関としての役割が移譲され、JITCOは「総合支援機関」としての役割に集中して取り組むことができるように棲み分けがなされたといえる。

 

第3節  JITCOより見た制度の課題

JITCOはここまでに見てきたように技能実習制度を運営する上で「総合支援機関」としての役割を果たしているので、技能実習制度について同様であると考えられる。同制度が抱える課題についても以下で考えたい。ここでは、『かけはしVol.13』(2019年7月)に「JITCOの訪問相談からみた実習監理の課題」(14-16頁)というJITCOが出されている雑誌を参考にして、JITCOからみた技能実習の課題について検討する。

その課題が大きく、①新たな技能実習制度への対応、②技能実習生の法的保護の確保、③技能実習生の日常生活等、④地域での多文化共生という項目に分かれる。

第一に、新たな技能実習制度への対応であるが、2017年11月に新しく施行された「 技能実習法」に基づき、実習機構が設立され、技能実習に関する法律が整備された。これを背景に、JITCOに監理団体の許可や技能実習計画等の実習機構がその許認可を担当すると規定された。新しい技能実習制度の成立とともに、「実習機構による実地検査」、「労働基準監督署による監督」などの相談が増えている。とりわけ、実習機構による実地検査については、従来の技能実習制度にはなかったものであり、これへの対応には多くの監理団体が苦慮していた。また、「検査を受けた結果、改善勧告書や指導書を渡されたが、どのように対応すべきか」[13]という相談が多く、この勧告としては以下のものが挙げられている[14]。すなわち、①備え付けが求められる書類に関するもの、②実習実施者に対する監査の内容・実施回数に関するもの、③寄宿舎の構造に関するもの等、である。

第二に、技能実習生の法的保護の確保に関する課題である。例えば監理団体等より「労働時間の管理に問題がある」などの実習実施者における技能実習生の法的保護に関する相談である。当然、悪質なものに対して外国人技能実習機構による勧告などの対応がなされることになるが、JITCOは、あくまでも技能実習生の法的保護の確保を目的としながら、「問題を発見し指摘する」[15]だけではなく、専門の職員により実習実施者を訪問し、その状況や阻害要因等の確認をし、共に解決策を考える、ということが活動の基本的な姿勢となっている。このように、2017年の技能実習法の成立により、JITCOがより支援事業者としての色合いを濃くした、ということが伺える。

第三に、技能実習生の日常生活等に関する問題である。技能実習生は当然、日本での生活経験の無いまま、来日しており、日本の住環境への対応に苦慮する、ということも多く見られる。この項目がクローズアップされる問題として「技能実習生の失踪」という問題が挙げられる。現在はICT技術[16]の発達によってSNS[17]等による技能実習生同士の情報交換が可能となった。そのため、技能実習生が問題のある労働条件や待遇にあった場合、技能実習生自身がSNSで新しい働き先を探す、失踪をあっせんするブローカーとの接触をする、などの事例が見られている。他方で、技能実習生の携帯電話やスマートフォンを取り上げることや特定のサイトやサービスの利用を禁止することは人権侵害の問題があり、技能実習法令で禁止の対象となっている。この部分についてはあくまで遵守した上で、自発的転職が技能実習生には認められておらず、在留資格の失効の対象となってしまう、ということを十分に理解させなければならないと考えられる。なお、同記事においては①寄宿舎生活・生活マナーにおける地域住民とのトラブル、②技能実習生同士の言い争いや喧嘩、③自転車運転中の事故という三つの日常生活の問題が取り上げられ、これへの対応が重要であると考えられている[18]

第四に、地域での多文化共生である。多文化共生が重要なことは、技能実習制度に限らず、現在では日本全体で共有されていることである。JITCOでは、訪問相談において管理団体等と多文化共生に関しての議論を行っており、この中では積極的に地域住民と技能実習生との間の交流活動を行っている実習実施者もあるものの、こうした活動をほとんど行っていない実習実施者もある。技能実習生を受入れる上では、実習実施者や監理団体のみならず、地域住民の理解と協力が必要不可欠であり、この意味でも多文化共生を実現できるような、行事などの実施が望まれる。

 

3章 外国人技能実習制度の課題

 

外国人技能実習制度が実施されてから多くの成果を収めたが、問題も少なくない。以下では、諸問題のうち、主に「在留管理および労働法の厳格な運用」、「労働市場政策」「技能実習生の失踪や犯罪行為等の問題」という三つの問題を中心に考えたい。

 

第1節 在留管理および労働法の厳格な運用

第一に、在留管理と労働法の技能実習生に対する厳格な運用である。受入れ企業が技能実習生に対して与えるべき待遇などを与えていないという問題がみられる。例えば、米国務省『人身取引報告書2008』によれば、日本の技能実習制度は強制労働につながる人身売買の隠れ蓑として利用されているが、日本政府はこれを取り締まる意識を持っていない、と報告している[19]

 

 

出所:厚生労働省『技能実習生の実習実施者に対する監督指導・送検等の状況』平成30年により作成。

 

出所:厚生労働省『技能実習生の実習実施者に対する監督指導・送検等の状況』平成30年により作成。

 

4と図5は技能実習生の実習実施者、つまり受け入れ企業を対象に毎年調査を行い、しかも調査の状況を公表している。図4の調査は全国の労働基準監督機関が行うもので、受け入れ企業に対して、どのような問題があるのか、どれだけの指導監督を行ったのか、労働基準関連法令に違反しているのかを詳しく調査している。平成30年度に労働基準監督機関は実習実施者に対して、7334件の監督指導を実施し、その70.4%に当たる5160件で労働基準関係法令違反が認められたという[20]

在留資格の管理および労働法の厳格な運用に関連する最も大きな問題として「斡旋詐欺問題」が取り上げられた。具体的には、日本企業側が希望する人材の基準と比較して、その基準を満たさない技能実習者が送り出されたことである。また、送り出し機関のスタッフが賄賂を受け取り、研修生・技能実習生として送り出しているという問題もある。

これらの問題に対して例えば、研修・技能実習制度を改正し、監理団体により不正行為の報告不履行や、行方不明者が多発してしまった場合には3年間の受け入れ停止ペナルティをその監理団体に対して課すなどの対策が講じられているが、問題の根絶には至っていない。厚生労働省が2017年に実施した調査[21]によれば、全国の労働局などが監督指導を行った5966ヶ所のうち、70.8%の4226ヶ所において何らかの法令違反があった。これは前年の4004ヶ所に比較して222ヶ所増えており、4年連続で過去最多の数字を示している。

法令違反の内容としては「労働時間」が1566ヶ所(26.2%)であり、次に「安全基準」が1176ヶ所(19.7%)、「割増賃金の支払い(不足など)」が945ヶ所(15.8%)と続いている。繰り返しの指導により改善が見られない事例など、送検されてしまった悪質なケースは34件にも上り、この中には、最低賃金を下回る賃金での継続的な労働や時間外労働を非常に長くさせているなどの事例も見られている[22]

違反内容のうち、最も多いのが「労働時間」である。技能実習生については、入国直後の講習期間を除き、雇用関係の中で労働関係法令が適用されることとなる。当然、技能実習制度の流れや仕組み、実習計画の運用等の認定基準を策定しているのは技能実習法であるが、技能実習生の労働の基準に当たっては国内の労働者と同様に、労働基準法の適用を受けることとなる。したがって、使用者は相手が技能実習生であっても労働契約の締結に当たって、労働条件を明示することとなる。この際、労働時間も「書面で明示すべき労働条件」に含まれており、「始業及び終業の時刻」,「所定労時間を超える労働の有無」,「休憩時間」,「休日」等といった項目を技能実習生に事前に示しておく必要がある。また、具体的には労基法労働時間が適用され、使用者は原則的に休憩時間を除いて、1週間のうちに40時間、1日につき8時間を超えた労働はさせてはならない。また、使用者は労働時間の長さに応じ、次の通り、休憩時間を労働時間の途中に付与する必要がある。

 

 

出所:関係資料を踏まえて、作成。

 

また、法定労働時間を超えた労働、あるいは休日労働をさせることは禁止されているが、「時間外・休日労働に関する協定」、いわゆる36協定にあたっては労働基準監督署に届けた場合、適法に時間外労働、あるいは休日労働をさせることが認められている。36協定には、①時間外又は休日の労働をさせる必要のある具体的事由、②業務の種類、③労働者の数、④延長時間は、「1日」、「1日を超え3ヶ月以内の期間」及び「1年間」についての延長することができる時間又は労働させることができる休日、⑤有効期限を定める事となっている。

技能実習生についてもこの36協定は同様のものである。労使間においてこの36協定を締結し、労働基準署への届け出を行った場合、いくらでも労働時間の延長ができる、ということではない。36協定においては「1日」,「1ヶ月」,「1年」のそれぞれの期間について延長時間を定めることができ、延長可能な時間には限度がある。ただし、従来の労働基準法においてはこの限度時間を超えた時間外労働について36協定届の余白にその理由と延長時間の明記を行えば、明記された範囲内において限度時間を超えることが可能であった。したがって、特別条項の欄に、延長時間の記載をすれば労働者に無制限に残業をさせることができてしまうのが従来の労働基準法であった訳である。しかしながら、2019年4月より「働き方関連法」が順次施行され、この特別条項についての規制がなされることとなった。具体的には、「1年」という期間のタームにおいて「36協定」の特別条項を定めることのできる時間外労働は、法定休日労働を除いて720時間となり、これを超えて時間を設定し、特別条項で定められた時間以上の時間外労働をさせた場合は法律違反として取り締まられることとなった。また、特別条項であっても月45時間を超えた時間外労働が許可されるのは年間で6ヶ月のみであって、6ヶ月で時間外労働ができる時間は450時間となった。こうした規制は、当然技能実習生についても適用されるものである。しかしながら、現在においても技能実習生に関して「長時間労働」等の労働基準法違反が多い状況が続いている。例えば、厚生労働省の資料によれば、以下のような問題が取り上げられている[23]

第一に「技能実習生が夜遅くまで働いている」との匿名の情報を端緒に、午後9時以降に縫製業の事業場へ立入調査を実施したところ、実際にその時間まで技能実習生を労働させていた。

第二に労働時間の記録を調べたところ、直近6か月間において、在籍している技能実習生全員(4名)に対して恒常的に月80時間を超える時間外・休日労働(最長者は月105時間)を行わせ、1日しか休日がない月があるなど、36協定の締結・届出がないまま違法な時間外・休日労働を行わせていた。

第三に割増賃金は、1時間当たり500円の単価で支払われていた。

第四に賃金台帳に、労働日数、時間外・休日労働時間数を実際よりも過少に記載していた。

第五に直近6か月間より前の労働時間の記録が破棄され、記録が保管されていなかった。

 

上記で指摘した問題では、技能実習生との間で36協定が締結されず、その結果、違法な時間外・休日労働が行われていた。これは労働基準法第32条および同法35条違反であった。そのため、是正勧告が行われた上、過重労働によって健康障害防止策として時間外・休日労働時間の削減が指導された。

また、賃金についても、割増賃金が1時間当たり500円と、法定割増率(時間外労働が25%、休日労働が35%)以上での計算がなされていなかったため、これを同法第37条違反とし、不足分の支払いが勧告された。こうした指導の結果、36協定の締結や届出が行われた上、長時間労働を不要とする生産計画へと転換され、時間外・休日労働が月45時間以内に削減された。また、技能実習生について時間外・休日労働に対しての割増賃金の不足分である総額約120万円が支払われるなどの改善が見られた。

この事例に見られるように、技能実習生の労働条件について法令違反が見られる事業所ではその多くが複数の項目を違反している。また法令には規定されていないものの、労働環境が劣悪となっている例も少なくない。すなわち、技能実習生に関する労働基準法などの関係法令違反の問題は、単純に法令の遵守に関わる問題ではなく、「技能実習生」の人権問題として捉えることができると考えられる。

 

このように同調査で示されたパターンは、日本での研修・技能実習制度を経た者を日本企業が研修生・技能実習生の本国において活用する、という形態であった。現在の研修生・技能実習生制度の問題点は、「我が国で培われた技能、技術又は知識の開発途上地域等への移転を図り、当該開発途上地域等の経済発展を担う「人づくり」に寄与するという、国際協力の推進」[24]という本来の目的に合致しない制度の悪用および、その結果としての様々な問題をもたらしたと考えられる。上記に述べたパターンでは、日本企業にとっても技能実習生を受け入れることでコスト削減などのメリットではなく、海外進出を果たすことができるという前向きのメリットを示すことによって、技能実習制度の矛盾点を解決することのできる形態へと整理することができるものが提示されている。この調査は、日本の技能実習生で最も多いベトナム人を対象に絞り、調査されたものの、その他の国籍を持つ技能実習生にも応用することができると考えられる。

 

第2節 技能実習生の失踪や犯罪行為等の問題

既に述べたように、技能実習生の失踪や犯罪行為等の問題がいまクローズアップされ、社会問題化している。この問題を解決するには、まず問題発生の要因を見つけなければならない。例えば、技能実習生の送出し機関または企業が技能実習生から、高い保証金を取るという要因がある。また、研修・技能実習期間に技能実習生が逃亡、失踪するという問題もある[25]。法務省は2018年に、2017年12月までに失踪し、その後、出入国管理・難民認定法違反などの容疑により摘発された実習生を対象とした失踪動機の聞き取り調査を行っている。この報告によれば、摘発された容疑者が2870人を数える。国籍別では中国、ベトナム、インドネシアの順になっているが、失踪動機(複数回答可)は「低賃金」(67.2%)、「実習後も稼働したい」(17.8%)、「指導が厳しい」(12.6%)、「労働時間が長い」(7.1%)、「暴力を受けた」(4.9%)となっている[26]

では、なぜ技能実習生の失踪は起きてしまうのであろうか。そもそも外国人研修生も含めると、失踪の問題は1990年代の後半から社会問題として認識されている。実にそこから30年近く、問題が解決されないまま、特定技能制度の創設にまで至ってしまった訳である。ただし、失踪の問題について議論が全くなされてこなかった訳ではない。佐野(2002)[27]によれば、「ローテーションシステムとして機能する外国人研修・技能実習制度にとって、研修生・技能実習生の逃亡・失踪は、結果的にその帰国が担保されないことを意味するのであるから、その機能の不全と同義である」としている。実際、技能実習制度の目的自体は2019年現在においても本質的に変わっておらず、この指摘は現在の状況にも、そのまま当てはまるものであると考えられる。この点について佐野(2002)は一つの要因として「一般労働市場の賃金と研修手当との乖離がプッシュ・プル要因となった」ことを認めつつも、「有効求人倍率が低下したとき、すなわち労働市場において求人が少ないときに逃亡・失踪が増加している」という事実を取り上げた[28]

が重要だいえるだろう。

 

おわりに

上記の検討を通じて以下の問題を明らかにすることができた。

第一に、本稿を通じて技能実習制度の目的とその理念を明らかにしたことである。「技能実習法」は平成281128日に公布された。これによって、技能実習生制度が新しく生まれたように見えるが、この制度は過去の外国人研修制度を受け継いで生まれたものである。というのはこの二つの制度の目的がいずれも開発途上国への技能の移転を図り、その経済発展を担う人づくりに協力する制度だからである。1997年に中国研修生の帰国後の実態を調査するために中国の送り出し機関と企業及び帰国研修生・実習生を調査した時にいずれもこの制度の目的を聞かされ、外国人研修制度設置の目的が中国でよく知られていることがわかっている。

第二に、技能実習法の成立により、従来の研修生制度が技能実習生制度に統合されたことである。これは留学生制度と似通っている。アメリカと違い、日本の大学は外国から、直接留学生を募集し、受け入れることができない。外国人は外国人が日本の大学に進学するためにまず日本語学校に進学し、日本語を習得しなければならない。日本語学校に進学し、日本語を勉強する外国人留学生をこれまでに「就学生」と呼ばれている。「就学生」は「留学生」ではない。在留期間の長さによって「就学生」と「留学生」という二つの制度に分けられている。「就学生」の在留期間は「留学生」より短く、1年間または2年間に限定されている。日本語学校を卒業して大学の入学試験に合格すれば、就学生は初めて留学生になり、在留期間も1年間から2年または4年間に延長したわけである。しかし、いま、就学生制度がなくなった。就学生制度が留学生制度に統合されたからであるが、在留期間の規制によって、就学生の在留期間を限定している。したがって、もし日本語学校を卒業して大学に進学することができなければ、日本の在留期限が切れ、帰国せざるを得ないからである。そのため、多くの日本語学校卒の学生は日本語学校を終了後、なんとか大学を見つけなければならないのである。日本語学校に進学した留学生を国別にみれば、中国人についてベトナム人が2番目に多いことがわかる。しかし、ベトナム人の多くは漢字などがわからないため、大学の入試に合格することができない。いまの外国人研修生制度が外国人技能実習制度に統合されたが、就学生制度と同様に日本語ができないベトナム人の多くは結局、研修生の2年間を経ておらず、日本語ができないまま来日している。外国人実習生制度はこの問題を考慮する必要がある。

第三に技能実習生制度は送り出し国と受け入れ国の双方にとって極めて素晴らしい制度である。調査によれば、これまでに外国人研修生のうち、中国人は最も多い。1997年に中国人技能実習生は4530人で、全体の58.5%を占めたほどである[29]。外国人研修制度が1993年に創設されたものの、長い間、中国人研修生(技能実習生を含まれる)は終始一貫首位を占めてきた。なぜ中国人が来日するのか、調査によれば、派遣目的で第一に挙げられるのは研修を通じて日本の先進的な技術を習得できること、中国人材の育成にも大いに役立つことが挙げられた。

第三に技能実習生にかかわる問題が非常に多い。これらの問題はこれまでの調査でも判明していた。派遣を中心にみれば、①派遣管理制度、政策上の問題、②派遣団体の問題、③派遣企業の問題、④研修生個人の問題などが挙げられた[30]。紙面の都合でこれらの問題の分析はできない。

これらの問題のうち、特に指摘したいのは労働環境の改善問題である。今後、外国人労働者の受入れが増えるにつれて、労働環境の問題がさらに目立つようになるに違いない。日本における外国人技能実習生の労働環境を改善していく必要がある。

 

 

参考文献

・グェン・テイ・ホアン・サー(2013)「日本の外国人研修制度・技能実習制度とベトナム人研修生」『佛教大学大学院紀要 社会学研究科篇』41,19-34頁。

阿部賢一・金子博治・藤原基文(1995)「外国人労働者問題の研究」『建設マネジメント研究論文集』3,23-34頁。

・安里和晃(2005)『高齢者介護施設の外国人労働者一台湾での聞き取り調査から一』。

・明石純一(2017)「海外から働き手をいかに招き入れるか-日本の現状と課題-」『日本政策金融公庫論集』34,87-107頁。

United Nations,(2019),”International Migrant Stock”(最終閲覧日:2019年10月2日)

https://www.un.org/en/development/desa/population/migration/data/estimates2/index.asp

 

日本経済新聞「外国人労働を拡大、「移民」じゃないの?」2018年11月12日(最終閲覧日:2018年11月27日)。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37528090Y8A101C1I10000/

 

経済産業省「事業概要」『ダイバーシティ経営企業100選』

http://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/kigyo100sen/outline/index.html#page01

 

西日本新聞「「移民流入」日本4位に 15年39万人、5年で12万人増」2018年5月30日(最終閲覧日:2018年11月25日) 。

https://www.nishinippon.co.jp/feature/new_immigration_age/article/420486/

 

法務省入国管理局「技能実習生の入国・在留管理に関する指針(平成25年12月改訂)」(最終閲覧日:2019年9月16日)。

https://www.tipcs.jp/pdf/Guideline.pdf

 

厚生労働省(2017)「外国人技能実習制度への介護職種の追加について」。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147660.html

 

厚生労働省(2013)「労働経済の分析-構造変化の中での雇用・人材と働き方-」。

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/13/13-1.html

 

農林水産省「農業分野における技能実習移行に伴う留意事項について」2000年3月(最終閲覧日:2019年5月8日)。

http://www.maff.go.jp/j/keiei/foreigner/attach/pdf/index-43.pdf

 

独立行政法人 労働政策研究・研修機構「企業における外国人技能実習生の受入れに関する調査」『JILPT 調査シリーズ』157,2016年5月。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2016/documents/157.pdf

 

公益財団法人国際研修協力機構「外国人技能実習制度とJITCO」2013年12月25日(最終閲覧日:2019年10月10日)。

http://www.moj.go.jp/content/000119401.pdf

 

 

 

 

 

 

 

 

[1] 本稿は城西大学編『経営学紀要』(20208月)に掲載された原稿をベースに要約した論文である。本論文が約30000字で長いため、本稿は第1章と第3章に絞り5000字に縮小した。

[2] 張一成、城西国際大学博士。大成国際株式会社 代表取締役社長

[3] 特別に指摘がなければ、共同で作成したものとする。

[4] 張紀潯「中国における研修生派遣制度の仕組みと管理制度の特徴」城西大学経済・経営紀要第17巻第一号、1999年㋂、19-52頁。

[5] 外務省、委託先財団法人国際研修協力機構「調査結果第二部、1印刷À社、3縫製Ⅽ社、5縫製E社、8電機H社、第三部特別寄稿「中国における研修・技能実習生の送り出しシステムと研修・技能実習の効果」『開発途上国からの研修生等受け入れに伴う実態調査、技能実習生フォローアップ(第一回)調査報告書』による。

[6] 法務省『出入国管理統計表』による。

[7] 村下博『外国人労働者問題の政策と法』大阪経済法科大学出版社。1999年、108頁。

[8] 外国人技能実習機構『技能実習制度の現状』2018年による。

[9] 外国人技能実習機構『技能実習制度の現状』2018年による。

[10] 公益財団法人国際研修協力機構『外国人技能実習制度とJITCO』による。

[11] 法務省入国管理局『技能実習生の入国・在留管理に関する指針』(平成24年11月改訂)の「第6 JITCOの活用」より引用。

 

 

[12]「 技能実習法」に基づき、2017年に新設された技能実習生の管理機構である。

[13] 15と同じ。14頁。

[14] 15と同じ。15頁。

[15]  15と同じ。15頁。

[16] ICTは情報通信技術である。

[17] SNSはソーシャルネットワーキングサービスであり、インタネットを介して人間関係を構築するスマホ、パソコン用の総称である。

[18] JITCO『かけはしVol.138』15頁による。

 

[19] U.S.Ⅾepartment 0f State (2008)「Trafficking ㏌ Persons Report」150-151.

 

[20] 厚生労働省『技能実習生の実習実施者に対する監督指導・送検等の状況』平成30年による。

[21] 厚生労働省『外国人技能実習生の実習実施者に対する平成30年の監督指導、送検などの状況を公表します』2018年6月20日。

[22] 厚生労働省『技能実習生の実習実施者に対する監督指導・送検等の状況』2017年による。

[23] 厚生労働省『外国人技能実習生の実習実施者に対する平成30年の監督、送検等の状況』事例1より引用。

 

[24] 近畿経済産業局『平成28年度アジア産業基盤強化等事業:TPP発効を見据えたベトナムのモノづくり拠点化調査』70頁による。

[25] 22と同じ。

[26] 法務省『2019年調査・検討結果報告書』による。

[27] 佐野哲(2002)「外国人研修・技能実習制度の構造と機能」20頁による。

[28] 佐野哲(2002)「外国人研修・技能実習制度の構造と機能」22頁による。

[29] 張紀潯「中国における研修生派遣制度の仕組みと管理制度の特徴」『城西大学経済・経営紀要』第17巻第1号、19頁。

[30] 上と同じ。48頁。


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