中国における燃料電池車の発展と問題点

 

拓殖大学教授 朱炎

 

近年、中国は新エネルギー車の発展に力を入れてきている。その背景には、排気ガスの削減により環境保護を図るほか、自動車分野において中国が技術的なキャッチアップ、そしてリードを保つという期待もある。中国で発展させる新エネルギー車のうち、電気自動車が先行し、その生産と販売、そして保有の規模はいずれも世界最多であり、技術水準も世界の先端に並んでいる。一方、燃料電池車の発展も遅れておらず、日本と比べても遜色がないと言える。

以下、中国における燃料電池車の生産販売、政策支援、インフラ整備、存在する問題点などを検討する。ちなみに、本文で検討する中国の燃料電池車の事情は2019年末までの状況である。2020年に入ってから、中国の自動車そして燃料電池車の生産販売はコロナウィルス感染症によって大きく影響されたが、データ資料の制約により、本文の対象としない。

 

1.電気自動車から燃料電池車へのシフト

中国政府の諮問機関である省エネ・新エネ車技術ロードマック戦略諮問委員会が2016年に発表した「省エネ・新エネ車技術ロードマック」は、新エネ車の発展は当面電気自動車に重点を置くが、電気自動車は過渡的なものに過ぎず、将来、水素自動車に期待する認識も示した。

近年、とくに2018年以降、燃料電池車が注目され、電気自動車を取って代わる勢いで投資を集め、中国の新エネ車産業の育成は、電気自動車から燃料電池車へと方向転換し始めた。燃料電池車のブームに火をつけたのは、李克強首相のトヨタ見学であり、MIRAIショックともいえる。

2018年5月、日中韓首脳会議に参加するため訪日した李克強首相はトヨタの北海道苫小牧工場を訪問し、豊田章男社長から同社の量産型燃料電池車、ミライ(MIRAI)の説明を受けた。MIRAIは2014年から発売し始め、世界最初の量産型燃料電池の乗用車である。3分で水素を充填でき、走行距離は約650km、発売価格は720万円である。

李首相のトヨタの工場見学、MIRAIに興味を示したことが大きく報道され、中国国内に大きな反響を呼び、業界と政府の多くの人がトヨタの技術の高さに感銘し、燃料電池車こそ新エネ車の本命だと確信し、燃料電池車への資源と政策の傾斜を促した。

もちろん、燃料電池車への方向転換の背景に、電気自動車産業はすでに世界最大に発展している一方、電気自動車自身も様々な問題を抱えているため、燃料電池車に政策の舵を切る時期が来たという考えが広まったことがある。

 

2.燃料電池車の生産販売

中国で生産販売している燃料電池車のほとんどはバスとトラックなどの商用車であり、燃料電池の乗用車は2019年から発売したばかり、格羅夫(GROVE)などのブランドがある。

中国汽車工業協会の統計によると、2018年の燃料電池車の生産と販売はそれぞれ1527台であるが、2019年に生産は2833台、販売は2737台に拡大した(図1)。

 

図1 中国の燃料電気車の生産販売

出所:2016-17年は調査会社の推計、18-19年は中国汽車工業協会発表。

 

ちなみに、日本では販売中の燃料電池車は2種類のセダンである。トヨタが2014年から発売者MIRAIは、年間販売量が最も多い16年に950台であり、2019年11月までの累計販売量は3320台である[1]。ホンダも2016年からクラリティ(CLARITY)を発売したが、小規模に止まっている。また、トヨタは燃料電気バスSORAも手掛け、東京五輪に200台を提供する計画もある。現段階に、中国の燃料電池車の生産販売規模がすでに日本を上回っている。

新聞報道によると、2019年5月現在、中国で合計41社の自動車完成車メーカーが燃料電池車の生産に参入し、56車種を販売している。また、燃料電池の関連メーカーは25社である。2018年に燃料電池車関連の投資額は850億元を超える。運営中の水素ステーションは25基、また45基が建設中にある[2]

 

3.燃料電池車関連の政策

すでに述べたが、中国の新エネ車の発展計画には、電気自動車は過渡的であり、将来は燃料電池車だという方向性を明確に示した。2016年に策定した「中国水素産業インフラ発展青書」では、燃料電池車と水素産業の長期目標を示した(表1)。また、20以上の省・市政府が産業育成の政策を策定し、実施している。

 

表1 燃料電池車と水素産業の長期目標

出所:「中国水素産業インフラ発展青書(2016)」。

 

また、政府が燃料電池車に対して支払う補助金は電気自動車を上回る。各地方政府は水素ステーションに大規模に投資し、新規建設ラッシュも現れている。統計によると、2018年末現在、全世界に既存の水素ステーションは369基もあり、日本は1位(96基)、ドイツは2位(60基)、米国は3位(42基)であり、中国は4位(23基)に止まっている[3]。水素ステーションの建設ラッシュが続くと、中国が世界一になることは時間の問題に過ぎないであろう。

 

4.燃料電池車の問題点

中国の燃料電池車が今後急速に発展することが予想できる。しかし、燃料電池車にも限界あり、新エネ車の救世主になれるとは限らない。水素燃料の安全性、漏洩、爆発の危険もあり、世界的技術の難題であり、世界的に燃料電池車の普及はまだ始まっていない。中国では燃料電池車の技術が成熟したとはいえず、集中的に投資が拡大しても、電気自動車のように産業として、市場として成り立つのはまだ時間かかるであろう。

 

「中国の新エネルギー自動車産業の発展――イノベーションの成功例かバブルか」という著者のレポートから抜粋

 

[1] http://house-to-house.car.coocan.jp/fcv.html(原典は日本自動車販売協会連合会)。

[2] https://www.d1ev.com/news/shichang/91818

[3] http://www.chyxx.com/industry/201908/776778.html


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